千賀滉大「底辺中の底辺」から五輪の頂点 育成時代にロッカールームで見た残酷な現実

2021年08月07日

 東京五輪の野球は7日に決勝が行われ、日本が米国を破り金メダルを獲得した。五輪野球の金メダルは公開競技だった1984年ロサンゼルス大会以来で、1992年バルセロナ大会で正式競技となって以降は初めて。オールプロで臨むようになった2004年アテネ、08年北京両大会でも届かなかった頂に稲葉篤紀監督率いる「侍ジャパン」がたどり着いた。

 2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本から唯一ベストナインに選ばれた千賀滉大(ソフトバンク)は東京五輪でエースとして期待される存在だった。しかし五輪イヤーの今年、シーズン初登板だった4月6日の試合で左足首靭帯を損傷。復帰まで2~3カ月の大けがで長期離脱を余儀なくされ、6月に発表された五輪代表メンバーに千賀の名前はなかった。

 負傷から2カ月以上が経過し、プログラム通りにリハビリを進めていた千賀が実戦復帰を目前に控えていたころ。五輪メンバーの発表が近づく中、一本の電話があった。稲葉監督だった。

 「発表前に『すまん、今回は選べなかった』という電話を稲葉監督から頂きまして。それだけ思ってくれていたんだな、と。ありがたかったなと思います」

 その時点で五輪出場は当然ながら諦めていた千賀だが、ソフトバンクのエースとして心を折るわけにはいかない。「靱帯が切れていても歩いている人がいると言われてきたけど、早くベストな状態にするために(地面に)足を着けない、負担をかけないというのが一番だった」。左足首を固定している間は台の上に腰かけた状態で上半身だけを使ったキャッチボールなどを行った。徹底的に足を地面に着けない生活を送るなど我慢の成果もあり、固定具が外れた後は順調に復帰へ加速。そんな折の、稲葉監督からの直接の電話だった。

 どんな状況に陥っても下を向くことはない。それは、過去に見た残酷な現実が常に頭にあるからだ。同じ五輪代表の柳田悠岐と同じ2010年のドラフト会議指名選手。しかし置かれた立場は全く異なり、年俸わずか270万円の育成選手としてのスタートだった。誰からも注目されず、誰も自分をプロとは思っていない。数年以内に支配下登録される選手は数えるほどで、1軍どころか2軍の舞台にも立てないままユニホームを脱いでいく選手も少なくない。

 「底辺中の底辺だった。10月、11月になったらロッカーが一緒だった人たちが消えていく。マジ、こんな生活は嫌だ、1軍へ行きたい。だったらもっとどん欲にならないといけない、と」

 自分がやるべきことは何か。その思いで2012年に支配下登録をつかみとった剛腕は、段階を踏みながら一流への道を駆け上がっていった。12年は先発2試合で勝てずに2軍落ち。13年に中継ぎでブレークした後、16年から先発ローテに定着して飛躍した。19年、育成同期でもある甲斐とのバッテリーでノーヒットノーランを達成。20年はコロナ禍の難しいシーズンながらエースとしての役割を果たし「投手3冠」を達成した。

 そして今年。一度はなくなった五輪のマウンドに立つチャンスを、自分がやるべきことを貫いて手繰り寄せた。代表メンバーの辞退に伴う追加招集。1軍復帰前の最終調整試合を侍ジャパンの建山投手コーチが視察し、故障からの回復具合を確認した上での決定だった。1軍復帰戦では自己ワーストの10失点。周囲からは故障明けの千賀をメンバーに選んだことに対する批判の声も上がったが、千賀は強い決意で日の丸のユニホームに袖を通した。

 「あのけががあったからもっとすごくなれたと言える、そんな期間にしたいとずっと思っていた。僕は、足引っ張らないよう準備をするだけ」

 米国のとの準々決勝。1点を追う6回に登板した千賀は3者連続奪三振、続く7回も無失点に抑え米国打線の勢いを止めた。五輪初登板で2回1安打無失点、5奪三振。金メダルへの道が大きく開ける投球だった。再び米国と対峙した決勝では2番手で1回無失点。走者を出しながらも流れは渡さなかった。

 千賀の同期入団で、ともに五輪金メダリストとなった柳田は言う。「千賀はいるだけで安心できる存在で、やっぱりチームに必要不可欠。プロに入ったときから一緒にやってきたチームメートとオリンピックに出られるのは最高の思い出」

 底辺からはいあがり「育成史上最大の下克上」と言われるサクセスストーリーを体現した男は、苦しみながらたどり着いた五輪の舞台で無邪気な笑顔を見せた。

(TNC特別番組「侍たちの夏~柳田悠岐 千賀滉大~」より)

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