スポーツ
メジャー2年目千賀滉大“特別な場所”で先発 忘れられない車内での言葉「選手として最低だと思います」
* * * * *
2022年11月9日、羽田空港国際線ターミナル。
飛行機を待つ間、僕は不安でいっぱいだった。
およそ10時間後、米ロサンゼルスで千賀滉大投手と合流し、メジャー挑戦についての本音を聞く。そしてその上で、番組を作ろうとしていた。
密着取材の場合、多くは事前に選手と深い信頼関係を築いておくのが鉄則だ。
しかしこの時点で僕は、千賀投手とそのような関係がつくれていたわけではなかった。
正式な取材などを除くと、会話したことは過去に数えるほどしかなかった。
加えて僕は海外取材が得意ではない。
英語は全く話せないし、入国申請書類の作成すら自分ひとりではできなかった。
とはいえ、弱音を吐いている場合ではない。
自分がやると言い出した番組である。なんとしても成立させなければならない。
何が撮れるのか? 何が聞けるのか? どこまで心を開いてもらえるのか?
すべてが手探りだった。
撮れ高がどんなものであっても莫大な費用はかかる。
アメリカで千賀投手が何かしらの取材を受けてくれる可能性があるということ。
それだけが、出発前に唯一、分かっていることだった。
「やばいなぁ…」
汗で湿った航空券を握りしめ、僕はカメラマンと2人、ロサンゼルスへ向かった。
当時の千賀投手は複数のメジャー球団と交渉を始めている最中だった。
契約については当然極秘事項。
決まるまでは本当に明かされることはなかった。
そしてアメリカ、
待ち合わせ場所はドジャースの本拠地、ドジャー・スタジアムから車で20分ほど走った場所にある「マッスルビーチ」だ。
千賀投手は、驚くほどに自然体だった。
「あっちの砂浜見ましたか? バカでかい。こんな海まで遠い砂浜あります?」
カメラを向けても表情が明るかったことに、僕は心底ホッとした。
思ったより話をしてくれるかもしれないと、心の中でひそかな希望を感じた。
福岡ソフトバンクホークス入団時の年俸270万円からメジャーで20億円へ。
育成選手史上最大のシンデレラストーリー、その主役である千賀投手は高校時代、野球部に入るかどうか迷っていた。
「最初は部活をしないことも考えた。でもスポーツはしたいので、ボクシングかテニスか、野球はその選択肢のひとつでしかないかった。プロとか言ったら笑われちゃいますよ」
2011年にスタートしたプロの世界では、絶望を味わった。
「本当に僕だけ練習についていけなかった。単純に体力が、全然無理だった」
試合では全くストライクが入らない。
後にメジャーを震撼させる「お化けフォーク」はホークス入団当時、マウンドと打者の真ん中で弾んでいたという。
「俺って選手なのかな?底辺中の底辺だった」
しかしここから千賀投手は、はい上がる。
「僕の好きな言葉の中で『なせば成る』という言葉があるんです。夢のためにどう行動するかを考えるのが、僕は好きなんです」
開幕投手、160キロ、ノーヒットノーラン…数々の偉業を成し遂げメジャーリーグへの扉をこじ開けた男の言葉は重い。
移動の車内で少しずつ、取材を進めていく。
するとあるとき突然、千賀投手は窓の外に目をやり、ポツリと言った。
「話していいんかな,...。めちゃめちゃつらかったですよ、正直」
そして続けた。
「正直、感情なく野球をしていた時期もあった。チームメートが頑張っているからとか、ファンが応援してくれているからというのはもちろんあったけど、うれしいとか、悔しいとかそういうのがなかった。自分の能力を上げることだけを考えて生活していた。選手として、最低だと思います。」
まぎれもない本音だったと思う。そして、日本では封印していた言葉だろうとも思った。
一部を切り取られ、真意とは違う形で広まる可能性があることを千賀投手が想像できないはずがない。それを分かった上で、あえてカメラの前で自身を顧みた瞬間だった。
僕は帰国後、このインタビューを放送するか悩みに悩んだ。
誤解を生まぬよう最善を尽くし、最終的にオンエアを決断した。
いろいろな意見を頂戴したが、これからアメリカでプレーする千賀投手の覚悟を伝えようと思った。
2年経った今なお、僕はあの瞬間を忘れることができない。
* * * * *
今年9月23日。
福岡ソフトバンクホークスは4年ぶりにパ・リーグのペナントを奪還した。
数日後、本拠地みずほペイペイドームの通路で、優勝祝いの豪華なスタンド花を見つけた。
送り主は「ニューヨーク・メッツ 千賀滉大」。
4年前、ホークスを日本一に導いたエースが古巣への愛を忘れていないことに、胸が熱くなった。
日本時間10月14日に開幕するナ・リーグ優勝決定シリーズ。
第1戦、ドジャー・スタジアムで、千賀投手と大谷翔平選手の日本人対決が実現する。
そのマウンドは千賀投手がメジャーへの憧れを強めた特別な場所だ。
「言葉にするのは...難しいな。あそこで投げた人で、メジャーに行きたいと思わない人はあんまりいないんじゃないですか? 景色もそうですし。(2017年の)WBCで投げた時に、ここで野球したいなと心ひかれたのを覚えています」
想像をはるかに超えた下克上物語。
注目の舞台で、千賀投手がどんな表情でプレーをするのか。
遠く離れた日本からしっかり見届けたい。(内藤賢志郎)
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