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これまでの放送内容

2025年3月9日(日)

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ユキチャンキッチン今日も元気に営業中!

キッチンカー「ユキチャンキッチン」のオーナー秋吉由紀さん。ステージ4のがんと戦いながら自身の夢を実現してゆく秋吉さんの姿を追い、生きることの喜びを伝えます。

鮮やかなピンクが目を引くキッチンカー「ユキチャンキッチン」。オーナーは、みやき町在住の秋吉由紀さん(47歳)。イベント会場でのクレープ等の販売や、オフィス街でのお弁当の販売などで忙しく駆け回っています。そんな秋吉さん、実は胸、胃、大腸にがんを持つ、ステージ4のがんサバイバー。秋吉さんが、がん宣告を受けたのは2015年。その時「生きる希望を持ちたい」との思いで「死ぬまでにやりたい100のこと」を書き記します。その1番目に書かれたのが「自分の店を持ちたい」でした。しかし、その後、がんは大腸にも転移・・。一刻も早く店を持つこと、かつ自分の体調も考慮した運営方法として考えたのが「キッチンカー」だったのです。がんを経験して得た出会いや知識・・。そのすべてを自分が提供する物に還元し、健康と笑顔を届けることがユキチャンキッチンのポリシー。夫と3人の息子の5人家族で支えあいながら、日々を大切に、ひとつひとつ夢を実現してゆく秋吉さんの姿を追い、生きることの喜びを伝えます。

出演者:秋吉由紀さん

制作局サガテレビ(STS)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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