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これまでの放送内容 -テレビ熊本(TKU)-

2018年2月20日(火)

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青の翼に希望をのせて~3番機が見たふるさと~

航空自衛隊ブルーインパルスの3番機を操縦するのは熊本出身の上原広士一尉(32)。熊本地震からの復興を願い初めてふるさと熊本の空を飛んだ。その時、何を想ったのか?

熊本地震から1年あまりの2017年4月23日。熊本城の上空を航空自衛隊第4航空団第11飛行隊“ブルーインパルス”が舞った。会場となった二の丸広場にはかつてない6万人もの観客が訪れ、華麗な展示飛行に酔いしれた。ブルーインパルスが熊本を飛んだのは、熊本城築城400年祭以来10年ぶり。しかしその熊本城の姿は熊本地震で一変…。宮城県の松島基地に所属し、東日本大震災の“復興のシンボル”とも言われたブルーインパルスが、熊本地震の“復興のシンボル”である熊本城を飛ぶことには大きな意味があった。3番機の操縦桿を握ったのは、熊本県合志市出身の上原広士一尉(32)。3年という短いブルーインパルスの任期の間に故郷を飛べることに運命を感じたという上原パイロット。空から被災した故郷を見つめた時、一体、何を想ったのだろうか?

出演者:【ナレーション】 後藤 祐太(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2017年12月12日(火)

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実りの秋よ いつまでも

余命を宣告されても、熊本地震で被害を受けても、懸命にいまを生きるコメ農家の嶋田一徳さん。その生きざまを1年半に渡り追いかけた。

2016年4月、震度7の地震に2度見舞われた熊本県の益城町。この地でコメを作る嶋田一徳さん(69)も、被災者の一人です。農機具の大半を失いながらも田植えに挑む前向きな姿勢。その裏には、限られた時間と向き合わなければならない理由がありました。それは「余命宣告」。突きつけられる厳しい現実…。いかにいまを生きるのか?やり残したこととは…?父として、農家として、古里でいまを懸命に生きる嶋田さんの姿を1年半に渡り追いかけました。『あなたは何を思い、いまを生きていますか?』

制作局テレビ熊本(TKU)

2017年10月3日(火)

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鬼の眼

地震で未曾有の被害を受けた熊本城、シンボルのしゃちほこも損壊した。立ち上がったのは鬼瓦専門職人「鬼師」。復興への思いを胸に父の遺作でもあるしゃちほこ再現に挑む。

粘土から鬼瓦を生み出す専門の職人、『鬼師』が新しいしゃちほこ制作に挑んでいる。熊本で唯一その技術を持つ藤本康祐さんだ。地震で失われた熊本城のしゃちほこは康祐さんの父、勝巳さんが生涯最後に手がけた傑作。7年前にこの世を去った勝巳さんが最後に残した言葉がある。「天災が無ければ300年は(天守閣に)乗っていて欲しい。」切なる願いむなしく、起こってしまった未曾有の災害。父と作り上げた熊本の誇りをもう一度。立ち上がった2代目鬼師。受け継いだ職人のDNAが康祐さんをしゃちほこ作りへと駆り立てる。傍らに控え、サポートする相棒は息子・修悟さん。親子3代が作り上げる新たな復興のシンボル。しゃちほこが描き出す熊本の未来とは。熊本城天守閣を守ってきた歴代のしゃちほこを通し、時代を超えて鬼師親子が織り成す職人魂の物語を追う。

出演者:【ナレーション】 西村 勇気(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2017年8月6日(日)

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会いたい 熊本地震 家族で歩いた100日

熊本地震の本震で土砂崩れに巻き込まれ行方不明になった息子を探し続けた家族の100日。県の捜索が打ち切られる中、自らの手で息子を探し出した『会いたい』という思い。

最大震度7の地震が2度襲った熊本地震。地震による直接死の犠牲者は50人にも上るが、熊本地震発生から約4カ月間、熊本県による犠牲者の発表は『直接死49人、行方不明1人』だった。その最後の行方不明者となっていたのが大和晃さん(当時22歳)だった。本震が襲った4月16日未明、阿蘇市に住む大学生の大和晃さんは、前震で被災した熊本市内の友達に飲み水を届けた帰り、南阿蘇村立野の崩落した阿蘇大橋近くで、車ごと土砂崩れに巻き込まれたとみられていた。県による捜索活動は難航し、2次災害の恐れがあるなどとして、わずか2週間で中断。それでも家族は息子の手がかりを求め、毎日のように現場を訪れ、下流の河原を探し続けた。いつしか家族の元には、晃さんの友人など有志が集まり、その独自の捜索は大きな輪となっていくが、有力な手掛かりは見つからなかった。7月24日、家族は手がかりを求めて、土砂崩れ現場近くの黒川に入ることを決める。熊本地震から100日目、家族は自分たちの手で息子が乗っていた車を発見する。家族の心に常にあった、『会いたい』という思いと、その家族の今を伝える。

出演者:【ナレーション】 尾谷いずみ(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2017年5月28日(日)

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青の翼に希望をのせて~3番機が見たふるさと~

航空自衛隊ブルーインパルスの3番機を操縦するのは熊本出身の上原広士一尉(32)。熊本地震からの復興を願い初めてふるさと熊本の空を飛んだ。その時、何を想ったのか?

熊本地震から1年あまりの2017年4月23日。熊本城の上空を航空自衛隊第4航空団第11飛行隊“ブルーインパルス”が舞った。会場となった二の丸広場にはかつてない6万人もの観客が訪れ、華麗な展示飛行に酔いしれた。ブルーインパルスが熊本を飛んだのは、熊本城築城400年祭以来10年ぶり。しかしその熊本城の姿は熊本地震で一変…。宮城県の松島基地に所属し、東日本大震災の“復興のシンボル”とも言われたブルーインパルスが、熊本地震の“復興のシンボル”である熊本城を飛ぶことには大きな意味があった。3番機の操縦桿を握ったのは、熊本県合志市出身の上原広士一尉(32)。3年という短いブルーインパルスの任期の間に故郷を飛べることに運命を感じたという上原パイロット。空から被災した故郷を見つめた時、一体、何を想ったのだろうか?

出演者:【ナレーション】 後藤 祐太(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2018.04.24(火)

太宰治がかつて下宿し、執筆活動を行っていたアパート「碧雲荘」。碧雲荘はまかない付きの下宿所として、東京都内に昭和初期に建てられ太宰の作品にもたびたび登場した。 その碧雲荘が今年4月に湯布院の地に移築され、文化交流施設「ゆふいん文学の森」としてオープンした。木造2階建てで太宰が暮らした八畳間を再現している。カフェや読書スペースのほか、グッズ販売コーナーも設置。読書好きが集い、文学を通じた交流の場となっている。 碧雲荘をめぐっては、東京都杉並区が特別養護老人ホーム建設のために、敷地を購入し建物を撤去する予定だったが、地元住民らが保存を訴えていた。 存続が危ぶまれる中、湯布院で旅館を営んでいる『おやど二本の葦束』の女将・橋本律子さんが移築と出資を提案し再生が実現。移築は別府市の宮大工・神田真男さんが手掛けることとなった。 一度解体した建物をどのように使い、甦らせるのか。解体から材料の運搬、湯布院での再築までの過程を取材した。 昭和初期の建築で築80年以上と言われる碧雲荘を、キャリア70年のベテラン宮大工、神田さんが湯布院の地で再生させていく一年間の軌跡をたどるドキュメント。

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