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これまでの放送内容 -沖縄テレビ放送(OTV)-

2018年4月10日(火)

生きつづける 後編

末期がんと闘いながら、残された時間を前向きに生きようとする押し花作家と、彼女を全力で支える緩和ケア病棟スタッフの献身…。生きつづけることの意味を考える命の物語。

當間光江さんは、沖縄を代表する押し花作家。
2017年2月、糸満市にある友愛会・南部病院の緩和ケア病棟に入りました。彼女は乳がんの影響で脊髄が麻痺しており、6月初旬には呼吸困難の感覚にさいなまれていました。本人の希望で、眠るための強い薬を投与し意識レベルを下げる「鎮静」と言われる医療処置(緩和ケア医療のガイドラインにそった処置)が取られました。昏睡状態になってその後、もう目覚めないのでは…と予想されたのですが、光江さんは翌朝から驚くほどの回復を見せます。そしてカメラに向かって、大切なメッセージを語り始めたのです。
『ここは死ぬ場所じゃない。生きつづける場所』。
化学療法をあきらめ、「もう終わり」と思って移った緩和ケア病棟で、光江さんは新たな希望を与えられました。最後の時まで生きつづけるという前向きな意識が、これほど素晴らしく尊いものであるかをあらためて知らされます。
緩和ケア病棟で患者や家族、医療スタッフらが共に歩む姿を見つめ、生きつづけることの意味を考える、命の物語です。

出演者:【ナレーション】 平良いずみ(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2018年4月3日(火)

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生きつづける 前編

末期がんと闘いながら、残された時間を前向きに生きようとする押し花作家と、彼女を全力で支える緩和ケア病棟スタッフの献身…。生きつづけることの意味を考える命の物語。

當間光江さんは、沖縄を代表する押し花作家。2017年2月、糸満市にある友愛会・南部病院の緩和ケア病棟に入りました。乳がんと診断された時には、すでにステージ4…。骨や肺などにも転移しており、抗がん剤などの化学療法はあきらめざるを得ない状態でした。緩和ケア病棟は、治療を目的とするのではなく、苦痛をできる限り緩和しながら残された人生の時間を豊かに生きるための場所。光江さんは医療ケアを受け、押し花の作品をつくることを大切にして、残された時を過ごすことができています。いわゆる「人生最後の時間」。ひとりで歩むにはとても過酷な道のりですが、共に歩む支援者がいることで、夢をあきらめず希望を育んでいくことは可能なのです。死を意識せざるを得ない厳しい道のりだからこそ、命の尊さをより濃密に感じる…。光江さんは、息苦しさと闘いながら、カメラにこう語りました。
『ここは死ぬ場所じゃない。生きつづける場所』。
がんなどの患者の夢や希望を全力で支援する緩和ケア医療の現場を見つめます。

出演者:【ナレーション】 平良いずみ(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2018年3月20日(火)

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旅立ち 島の美よう室

9年前、渡名喜島を訪れた一人の男が、島に美容室をつくり、毎月10日間だけ島に来て島民の髪を切るようになった…。おとぎ話のような、ある美容師と島人の交流を描く。

沖縄本島から北西に60キロ。人口400人足らずの小さな島、渡名喜島。9年前、一人の男が島を訪れた。男は美容師だった…。渡名喜島に髪を切る場所が無い事を知った彼は、島に美容室をつくり、毎月10日間だけ島に来て島民の髪を切るようになった。毎月パーマをかけるのを楽しみにしているおばあちゃん。まっ黒に日焼けした漁師のおじい。高校に進学するために島を離れていく中学生…。美容室には様々な島人たちがやってきて、髪を切ってもらう代わりに、何かを置いていく…。まるでおとぎ話のような、でも、ホントはごく当たり前の物語。しかし、9年間続いた「島の美よう室」に、最後の時がやってきた…。茨城県から、はるばる渡名喜島に通ってくる美容師の姿を通し、沖縄の縮図にも見える離島の暮らしを描く。

出演者:【ナレーション】 阿佐慶涼子(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2017年11月21日(火)

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イメージの外側を探して

沖縄出身の写真家・石川竜一。彼は、そこにある『見えているはずの見えていないもの』を独特の感性で切り取る。なぜ彼は、人を惹きつける写真が撮れるのか?

沖縄出身の写真家・石川竜一。彼は、そこにある『見えているはずの見えていないもの』を独特の感性で切り取る。なぜ彼は、人を惹きつける写真が撮れるのか?なぜ写真を撮り続けるのか?何を撮ろうとしているのか?目の前にある”そのまま”を撮り続ける写真家を追った。

出演者:石川竜一

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2017年7月30日(日)

生きつづける 後編

末期がんと闘いながら、残された時間を前向きに生きようとする押し花作家と、彼女を全力で支える緩和ケア病棟スタッフの献身…。生きつづけることの意味を考える命の物語。

當間光江さんは、沖縄を代表する押し花作家。
ことし2月、糸満市にある友愛会・南部病院の緩和ケア病棟に入りました。
乳がんで、骨や肺などにも転移しており、化学療法はあきらめざるを得ない状態でした。
緩和ケア病棟は、治療を目的とするのではなく、苦痛をできる限り緩和しながら残された人生の時間を豊かに生きるための場所。當間さんは医療ケアを受け、押し花の作品をつくることを大切にして過ごすことができています。
いわゆる「人生最後の時間」。ひとりで歩むにはとても過酷な道のりですが、共に歩む支援者がいることで、夢をあきらめず希望を育んでいくことは可能なのです。
死を意識せざるを得ない厳しい道のりだからこそ、命の尊さをより濃密に感じる…。
當間さんは、息苦しさと闘いながら、カメラにこう語りました。
『ここは死ぬ場所じゃない。生きつづける場所』。
がんなどの患者の夢や希望を全力で支援する緩和ケア医療の現場を見つめます。

出演者:【ナレーション】 平良いずみ(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

次回放送内容

OA:2018.04.24(火)

太宰治がかつて下宿し、執筆活動を行っていたアパート「碧雲荘」。碧雲荘はまかない付きの下宿所として、東京都内に昭和初期に建てられ太宰の作品にもたびたび登場した。 その碧雲荘が今年4月に湯布院の地に移築され、文化交流施設「ゆふいん文学の森」としてオープンした。木造2階建てで太宰が暮らした八畳間を再現している。カフェや読書スペースのほか、グッズ販売コーナーも設置。読書好きが集い、文学を通じた交流の場となっている。 碧雲荘をめぐっては、東京都杉並区が特別養護老人ホーム建設のために、敷地を購入し建物を撤去する予定だったが、地元住民らが保存を訴えていた。 存続が危ぶまれる中、湯布院で旅館を営んでいる『おやど二本の葦束』の女将・橋本律子さんが移築と出資を提案し再生が実現。移築は別府市の宮大工・神田真男さんが手掛けることとなった。 一度解体した建物をどのように使い、甦らせるのか。解体から材料の運搬、湯布院での再築までの過程を取材した。 昭和初期の建築で築80年以上と言われる碧雲荘を、キャリア70年のベテラン宮大工、神田さんが湯布院の地で再生させていく一年間の軌跡をたどるドキュメント。

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