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これまでの放送内容

2011年11月6日(日)

大切なことは目に見えない ~沖縄盲学校の母~

主人公は中村文さん。みんなから「文先生」と呼ばれて慕われている女性。

去年、カジマヤー(数え歳97歳を祝う沖縄の風習)を迎えた96歳です。沖縄盲教育の礎を築いてきた彼女は、「沖縄盲学校の母」と慕われ、今でも点字指導では右に出る人がいない第一人者です。『視覚障害者は“百聞は一触にしかず”ですよ』と話す文先生。手で触って物事を捉え、イメージを広げていくという文先生の理念は、今も盲教育の現場に受け継がれています。

全盲のテノール歌手・新垣勉さんも、文先生の教え子の一人。なかなか点字が覚えられなかった勉さんに、文先生は粘り強く教え続け、点字楽譜も読めるように指導しました。全国で活躍する勉さんの音楽生活の土台は、文先生によって築かれたと言っても過言ではありません。「教育はすごい」。中村文先生は、「見えないこと以外は何でもできる」と信じて、盲教育の道を切り開いてきたのです。

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

次回放送内容

OA:2026.03.15(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

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