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これまでの放送内容

2014年4月13日(日)

夢は二つの甲子園 野球に魅せられたスリランカ人

▼日本でアマチュア野球の審判資格を持つスリランカ人、スジーワさん。彼の夢は甲子園で審判をすることと南アジア野球大会を開くこと。果たして夢は叶うのか?

福岡市博多区のホテルに勤務するスジーワ・ウィジャナーヤカさん(30)。スリランカから観光サービス業を学ぶため、大分県の立命館アジア太平洋大学に留学。卒業後、福岡でホテルマンの道を選びました。スジーワさんにはもうひとつの顔があります。アマチュア野球の審判員です。南アジアからは初めての審判員です。ほぼ無給で年間約100試合を裁いています。スリランカでは野球は人気スポーツではありません。野球人口は約5000人。これまで球場はなく、野球道具を手に入れることも難しいのが実情でしたが、スジーワさんは日本では使わなくなった野球道具を譲り受け、母国に送って野球の普及に努めています。スジーワさんの夢は二つあります。ひとつは甲子園で高校野球の審判をすること。現在、甲子園大会は殆ど関西の審判員が担当していますが、九州からは春、夏各1人が招聘されています。福岡県だけでも50人ほどの審判員がいてかなり難関ですが。「可能性がゼロでなければ、挑戦します」とスジーワさんは語ります。そして、もうひとつの夢は、スリランカで南アジア各国による野球大会を開くこと。「南アジアの甲子園大会」です。二つの夢に向かって生きるスリランカ人を追いかけました。

制作局テレビ西日本(TNC)

次回放送内容

OA:2025.12.07(日)

戦後80年、今年も終戦の夏を迎えた。熊本県八代市坂本町鮎帰(あゆがえり)にある西福寺(浄土真宗本願寺派)の山本隆英住職(87歳)は、その節目にちなんで或る企画を進めていた。夏の法要と合わせて行う戦時資料の展示会だ。布教本、聖典、教団からの手紙、さらに旧陸軍省からの感謝状などお寺に残されていたものだ。この中で、往時の軍国主義を窺わせる象徴的なものが在る。紙芝居の中で、お寺の副住職に赤紙(召集令状)が届く場面は『天皇陛下のお召しだったのであります』と紹介されている。戦意高揚を謀り、教団が国にがんじがらめに宗教統制されている様が垣間見える。戦争を賛美する資料の数々、山本住職は展示会でこれらと戦没者の家々を回り撮り溜めた遺影を紹介した。お寺に法要に来た門徒らは悲痛な面持ちでムラの戦争を感じ取っていた。満州事変に始まり日中戦争から太平洋戦争へと突き進んだ日本は、この十五年戦争で約310万の国民が犠牲になった。ムラでは105人が戦死したと云う。兵隊の命は“一銭五厘”と言われ、ハガキ(召集令状)の値段と同じ値打ちしかないと軽視されたのである。あの戦争から80年、日本人は何を学んだのか。終わりが見えないウクライナ紛争や台湾をめぐる情勢など、世界各地で平和が脅かされている。日本人の誰しもが願っているのは、日本が再び戦争への道に向かわないことだ。番組は、国策に抗うことなく戦争協力していった教団の過去の事実に目を向け、懸命に反戦を唱える山本住職の一念に迫る。

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