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これまでの放送内容

2011年3月20日(日)

なくすな町の映画館 ~フィルムに魅せられた男~

大分県日田市にわずか63席の小さな映画館「日田シネマテーク・リベルテ」がある。

シネマコンプレックスと呼ばれる複数のスクリーンを持つ大型映画館が主流となっている中、人口10万人以下の市では個人で映画館を経営することは不可能だと言われている。日田市も例外ではなく、この映画館も過去に2度閉館した事があり、今もその存続が危ぶまれている。

2009年6月、この映画館の復活が一人の若者に託された。原茂樹さん33歳。地元日田出身だが映画に関しては全くの素人。彼はいったいどのようにして、ミニシアターを復活させ軌道に乗せようというのか。日田を愛し、市内唯一となったこの映画館を文化発信基地とするべく奔走する原さんの熱い思いを追った。

制作局テレビ宮崎(UMK)

次回放送内容

OA:2026.03.15(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

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