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これまでの放送内容

2012年8月19日(日)

アイドルじゃ終われない~プロキックボクサー 神風莉央の挑戦~

熊本大学1年生の千代森莉央さん。実は2年前、熊本では初となる女子高校生のプロのキックボクサーとなった…

熊本大学1年生の千代森莉央さん。実は2年前、熊本では初となる女子高校生のプロのキックボクサーとなった。愛くるしい笑顔と明るい性格から、人気があり友達も多い。ごくごく普通の女の子だ。しかし、学校帰りに彼女が立ち寄るのはキックボクシングジム、『神風塾』。ジムに入ると彼女の顔つきは全くの別人に変わる。無心にミットを叩き、長い脚で蹴りを繰り出す。ジムに響く打撃の音はとても女の子とは思えない。ダイエット目的で始めたキックボクシングだが、負けず嫌いな性格に火がつき、気付けばプロテストに合格していた。彼女の夢は『世界でベルトを獲ること』。今年3月、東日本大震災の被災地、宮城でチャリティマッチが開かれ、彼女も出場。被災者を元気づける試合がしたいと臨んだ試合だったが判定はドロー。実はプロになってこれで5戦目。彼女はまだ一回も勝てていない。「もっともっと試合経験が必要」。そう考えた彼女は何と、『シュートボクシング』の試合に出場することを決断した。マスコミで大きく取り上げられ、人気もウナギ上り。その舞台で結果を出せばきっとキックボクシングのオファーも増えるはず。そしていよいよ格闘技の聖地『後楽園』の舞台に立つ。様々な挫折を繰り返しながらも、世界という大きな夢に向かい、がむしゃらに挑む18歳。彼女の挑戦に1年間密着した。

出演者:千代森 莉央(リングネーム・神風莉央) 【ナレーション】 後藤祐太(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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