ページトップ
TNCメニュー

これまでの放送内容

2020年5月26日(火)

サムネイル

テレビで会えない芸人… ―松元ヒロの世界―

一人のお笑い芸人が今、ひっそりと注目を集めている。その芸人はテレビに出ることはない。それでいて、公演のチケットは入手困難。その芸人の名は、松元ヒロ、66歳だ。

 松元ヒロは鹿児島生まれ。高校時代は鹿児島実業高等学校陸上競技部で都大路を駆け抜け、その後、法政大学法学部政治学科へ。箱根を目指したが、いつしかお笑いの道へと進んだ。パントマイムから始まった芸能の世界。その後、コント集団「ザ・ニュースペーパー」を結成。社会風刺の笑いは人気を集め、あの立川談志に“お前を芸人と呼ぶ”とまで言われた。その松元ヒロが独立し、今年で20年目になる。“社会”を“笑いで切る”そのスタイルはより一層磨きがかかっていた。
2019年春、松元ヒロは新たな公演に挑んでいた。“社会の弱者のために…”思いが舞台で爆発する。会場は大いに笑い、やがて静まり、涙する。TVで会えない66歳芸人の姿は今の社会を映し出していた。

出演者:松元 ヒロ

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

次回放送内容

OA:2020.08.11(火)

 太平洋戦争末期の昭和20年8月13日、鹿児島県奄美群島にある加計呂麻島で島尾敏雄(当時海軍中尉)は特攻戦発動の信令を受けた。木製ボートの先端に250Kg爆弾を積んだ特攻艇「震洋」。決して生きては帰れない運命を担った隊員は52名。島は緊張に包まれた。美しい海、泣きたくなるほどの赤い夕焼け。南島の濃厚な風景が、その緊張を一層張り詰めたものにした。また島尾隊長は極限の日々を過ごす南島で、島の娘・ミホと恋におちていた。ミホは「震洋」発進の命令が下ったら基地の港の出口・呑之浦に身を投じて自決する覚悟でいた。しかし、14日を過ぎ、15日を迎えても、発進の命令は下らなかった。日本全面降伏により、島尾隊長以下51名は生き残ったのだ。島尾伸三さん(東京在住)、父母に共に小説家の島尾敏雄・ミホさんをもつ写真家である。父のふるさと奄美大島には、今でも年に数回帰省しており父母たちの見た戦争体験の風景はしっかりと刻まれている。今だに世界のどこかで戦争が繰り返され、日本政府は尖閣列島問題で加計呂麻島がある瀬戸内町に自衛隊の防衛隊を配備することを決めた。さらに2015年秋、国会で安保法案が可決されるなど、父母たちの青春時代の1ページが見え隠れし始めている。番組では、戦争末期必死に生きた父母たちの軌跡を伸三さん家族がたどり、戦争を知らない世代の視点から戦争の絶望を描く。

年別アーカイブ

制作局

  • LINEで送る
ページの先頭へ