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これまでの放送内容

2021年5月31日(月)

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手探りの災害処方箋

2019年8月に佐賀を襲った「佐賀豪雨」。そのおよそ1週間後、佐賀県武雄市などで水害を受けた方々への支援を行う民間ボランティアチーム「おもやい」

2019年8月に佐賀を襲った「佐賀豪雨」。そのおよそ1週間後、佐賀県武雄市などで水害を受けた方々への支援を行う民間ボランティアチーム「おもやい」を有志とともに立ち上げた鈴木隆太さん。「おもやい」はこの地区の言葉で「一緒に」の意味です。市町のボランティアセンターの活動が行われなくなった後も、地元の住民として被災者に寄り添う活動を続けると共に、鈴木さんは災害時の対応策「処方箋」作りに思慮を巡らせます。そのバックボーンには、彼が佐賀へ来る前に体験した全国各地での災害支援活動がありました。「災害の処方箋」は見つかるのでしょうか

出演者:鈴木隆太さん ボランティアチームおもやいの皆さん 他

制作局サガテレビ(STS)

次回放送内容

OA:2026.08.16(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

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