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これまでの放送内容

2022年6月6日(月)

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みんながアーティスト~就労支援事業所から拓く未来~

佐賀市にある就労継続支援B型事業所ジーニアスの利用者は全員がアーティスト。彼らが代表の西村さんと共に、生きづらさを面白さに転換し未来を切り開いていく姿を追う。

佐賀県佐賀市にある就労継続支援B型事業所、ジーニアス。障がいや疾患によって、働くことの難しい人たちが就労訓練などを行う場所です。突き抜けた才能を生かしてほしいという思いで2020年2月に代表の西村さんが開設。現在利用者は約20人で全員が絵をかいたり物を作る、アーティストです。西村さんは、「障がいのある人たちがアートをあきらめず、自分の強みを生かして自分の土俵で戦える場を作ろうとジーニアスを立ち上げました」といいます。西村さんはアーティストたちが描いた作品が多くの人の目にふれるよう、レンタルサービスや展示会、作品をプリントしたT シャツなどを販売しています。美術に携わったことのない人たちがほとんどですが、こうすることで自分に自信をつけたアーティストたちは、もっと前向きに社会へ飛び出そうとしています。そんなアーティストと西村さんを描きます。

出演者:【ナレーター】 橋爪和泉 【構成・プロデューサー】 前田智恵美 【プロデューサー】 鵜木健(テレビ西日本) 【制作協力】 エスプロジェクト 【制作著作】 テレビ西日本 SAGATV

制作局サガテレビ(STS)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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