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これまでの放送内容

2024年8月25日(日)

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沈まぬ記憶

太平洋戦争末期の学童疎開から今年で80年。沖縄から宮崎へ疎開した曾祖母の過去を知りたいと、去年12月、小学5年生の少女が疎開を追体験するために宮崎を訪れた。

太平洋戦争末期の1944年、地上戦が迫っていた沖縄。国は、戦闘の足手まといになるとして、沖縄の子どもたちを九州へと移動させる「学童疎開」を推し進めました。親元を離れ、九州各県へと向かった子どもたちを待ち受けていたのは貧しい暮らしでした。当時の記憶を次の世代につないでいくために、去年、沖縄では学童疎開を追体験する研修が企画されました。県内の小学5・6年生が参加したなか、特別な想いを抱いて研修に臨んだのが眞榮城百恵さん(11)です。百恵さんのひいおばあちゃん、糸数裕子さん(享年97)は学童疎開の引率教師として、終戦まで宮崎に身を寄せ苦労の日々を送った体験がありました。ひいおばあちゃんの過去や当時の子どもたちのことを知りたいと、百恵さんは宮崎の地を訪れたのでした。

出演者:ナレーション:平良匠(沖縄テレビアナウンサー) 出演:眞榮城百恵さん/眞榮城茜さん 他

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

次回放送内容

OA:2024.10.13(日)

宮崎県門川町。「門川金鱧」で再起を狙う小さな港町は、長年続く漁師の後継者不足に悩まされていた。2023年2月、一人の若者が帰郷。20年ぶりの新米漁師、中崎瑛斗(ひでと)22歳。 中学時代は学校へも行かず手が付けられないほどのヤンキーだった瑛斗さんだったが、幼い頃から抱いていた海への憧れを思い出し一念発起。漁師の道を選択。唯一信じ背中を押してくれたのは、母・みどりさんだった。息子の手伝いに専念するために仕事を辞めたみどりさんは、鱧の捌き方を勉強中。毎朝、先輩漁師の元へ通っている。その生活の中で芽生えた「鱧を活かして町おこしがしたい」という想い。 互いを信じ抜いた母子の新たな挑戦を追いかけた。

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