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これまでの放送内容 -テレビ熊本(TKU)-

2023年3月28日(火)

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あなたの笑顔つくります~アイデア社長の応援歌~

自分の利益は度外視!困っている人のため知恵を出し、汗を流す会社社長に密着し、その人柄と類まれなる開発センス、新たな取り組み、そのような考えに至った経緯に迫る。

熊本県八代市にある「有限会社ひらやま」。ここは一言では説明ができないほど様々な業務を行う『知る人ぞ知る』会社だ。社長の平山正さん(62)は食品工場の従業員を経て30年前に機械の部品を衝撃から守るための緩衝材を専門に作る工場を設立。そこから食品工場でのノウハウを活かし『地震に強い自動販売機の土台』や『海外の基準に適応した使い回しができる緩衝材』など世の中になかった新たな技術を生み出してきた。しかし特筆すべきは“それらの技術の特許を取らない”こと。使い方次第では莫大なロイヤリティーを生み出す技術を無料で他人に差し出す。このような平山さんの取り組みは家族に言わせると『無駄な事』であるが、時には妻に呆れられながらも平山さん自身はこのやり方を変える気はないという。そんな平山さんが現在力を入れているのが、地中に作った生簀で行う『サーモンの陸上養殖』。平山さんは新たに陸上養殖を始める人に会うため阿蘇郡南阿蘇村へ向かう。

出演者:平山 正 (有限会社ひらやま代表)

制作局テレビ熊本(TKU)

2023年1月10日(火)

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先生になりたい

肢体不自由・視覚障害・聴覚障害のある橋本紗貴さんの夢は『学校の先生』。様々な壁にぶつかりながらも夢への挑戦を続ける彼女の姿を追った。

南関町に住む橋本紗貴さん。運動が大好きだった彼女は、中学2年の体育祭で突然倒れギランバレー症候群という神経の難病を発症し人生が一変する。目を覚ますと体が動かず、目も見えず、耳も聞こえない。いくつもの重い障害が重なる『重度重複障害者』となった。しかし当時の担任が寄り添ってくれたことで紗貴さんは学校の教員を志すことに。だが進学した高校では逆に先生から心無い言葉をかけらる毎日に心を痛めてしまう。『障害者も健常者も共に学べる社会に』。教員という夢を改めて強く意識していった彼女は、進学した大学では、複数のパソコンや聴覚補助器具などを机に並べ、機器を操作しながら健常者と同じ環境を自ら作り授業を受けていた。彼女の信念は「工夫し努力すれば出来ないことはない」。その言葉通り、熊本県では重度重複障害者の採用例はないものの、教員採用試験に挑戦。これまでの制度が壁となり一度は失敗するも、紗貴さんの諦めない気持ちと行動が徐々にその壁を取り払っていく。私たちは彼女が大学3年だった2017年から取材を開始。彼女が様々な困難に立ち向かい、一つずつ壁を乗り越え、夢へと挑みつづける姿を描く。

出演者:橋本紗貴さん

制作局テレビ熊本(TKU)

2022年11月22日(火)

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声なき語り部の聲

戦争遺跡を通して、「戦争の記憶」と「教訓」を次世代につなげようと活動する熊本県玉名市在住・高谷和生さんの日常を追い、その思いに迫るドキュメンタリー。

熊本県玉名市に住む高谷和生さん(当時67)は、近隣・和水町の小中学校の図書館司書補助。平日は図書室の仕事をしながら、土日祝日は『戦争遺跡』の調査研究をおこない、戦争遺跡を通して平和の尊さを伝える活動をおこなっている。
高校時代は考古学部に所属。当時から歴史が好きで、大学でも考古学を専攻。卒業後、教師として支援学校に勤務していた時に、残されたままの戦争遺跡が数多くあることを知る。戦後60年をきっかけに本格的に戦争遺跡の調査研究をはじめ、のちに『くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク』を設立。戦後70年以上が過ぎた現在も、新たな戦争の爪痕を発見するなどし、「若い世代が戦争の実相を学べる環境づくり」と「平和を未来へ継続するための活動」を続けている。
戦争体験者から直接証言を聞ける機会は「あと数年」。時間が迫る中、戦争遺跡を考古学の視点で記録・検証し、体験者の証言とリンクさせることで、戦争の記憶と教訓を次世代へつなげようと活動する高谷さんの日常を追い、その思いに迫る。

出演者:高谷和生

制作局テレビ熊本(TKU)

2022年10月18日(火)

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一蹴懸命

砂の上の格闘技ビーチサッカー。プロ選手中原勇貴さんはある日激しい頭痛に襲われます。告げられた余命は5年~10年。脳腫瘍と闘いながら日本一を目指す若者の物語です。

「砂の上の格闘技」ビーチサッカー。プレーヤーはキーパーを含めた5人で選手交代は自由です。攻守が激しく入れ替わり、得点シーンが多いのが特徴。ブラジルやヨーロッパでは本家サッカーと同じくらいの人気を誇ります。熊本のプロビーチサッカークラブ『アヴェルダージ熊本』でプレーする中原勇貴さん(31)はある日突然、激しい頭痛に見舞われます。受診した病院で突きつけられたのは思いもよらない『脳腫瘍』という診断でした宣告された余命は5年~10年。主治医からは2通りの手術の提案がありました。ひとつは100%腫瘍を取り除く方法。手術後は運動機能や言語機能に何らかの障がいが残る可能性が高く、ビーチサッカーはできなくなります。もう一つは運動機能を残しながら腫瘍を95%切除する方法。現役復帰は可能ですが、再発のリスクが高くなります。彼が選んだ道は後者。再びビーチに立つため約12時間の開頭手術とリハビリを乗り越え、中原さんは帰ってきました。左のこめかみには開頭手術の傷跡。術後の放射線と抗がん剤治療で髪は抜け、体重も10キロ減るなど壮絶な闘病生活を送りました。中原さんの目標は、所属のアヴェルダージを初の全国優勝に導くこと。そして再び日本代表として日の丸を背負って戦うことです。脳腫瘍再発の恐怖と向き合いながら1日1日を大切に生きるアスリートを通して、人生に挑戦する意味を描きます。

出演者:中原勇貴 【語り】 西村勇気(テレビ熊本アナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2022年8月29日(月)

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わたしを伝える~坂本玲子 平和への眼差し~

わたしを伝える~坂本玲子 平和への眼差し~

熊本県菊池市に暮らす坂本玲子さん(79歳)の生まれは、戦時中中国東北部にあった満州国です。当時父親は南満州鉄道の機関士として働いていました。
しかし、日本の敗戦で満州国は崩壊、同時に坂本さん達日本人の生活も一変し大きな試練に立たされます。
日本を目指しての引き揚げでした。
幼かった坂本さんの記憶は断片的でしたが、2歳2ヶ月から鮮烈に残っているといいます。略奪に押し入ったソ連兵に人形を踏み潰され大泣きしたこと、必死に両親と港を目指し逃避行を続けたこと、収容所で乗船を待たされたこと、さらに引き揚げ船からの水葬を目にしたことなどが小さな心に焼き込まれました。
ロシアによるウクライナ侵攻で戦争がリアルタイムで伝えられる今、誰もが平和を再認識し、当たり前の日常がいかに尊いものか痛感したのではないでしょうか。終戦から77年、坂本さんは自らの数奇な引き揚げ体験を漸く語り始めました。中学生の若い世代にはどう響くのでしょうか。

出演者:坂本玲子(熊本県菊池市在住) 坂本敏正(坂本さんの夫) 村上隆紀(菊池市 戦没者遺族) 中原堅悟(菊池市 戦没者遺族)

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2024.02.27(火)

「人生100年時代」と言われる現代。その折り返し地点で真打ち昇進を果たす落語家がいた。春風亭柳雀(52)、本名、溝口摂。鹿児島育ち。かつては大手IT企業に勤務するエリートサラリーマンだった。しかし、サラリーマン生活に疑問を持ち、2008年37歳の時に落語家へ転身。コツコツとチカラをつけ二つ目に上り詰めた時、若者や女性から絶大な支持を集める落語家・講談師のユニット「成金」に所属した。神田伯山、桂宮治、柳亭小痴楽、瀧川鯉八、昔昔亭A太郎など11人、今をときめく若手の噺家の中にたった一人中年の落語家。そして50歳、真打ちに…。2023年秋、故郷で舞台に上がった。小学生の時、母に連れられ初めて落語を見た同じ場所だった。いろいろな思いが走馬灯のようによみがえる。“後悔なんてありません”。また、十八番の人情話が始まった。サラリーマンを辞めて挑んだ落語家への道、その物語は今という厳しい時代を生きる人々への応援歌だ。

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