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これまでの放送内容 -テレビ宮崎(UMK)-

2016年5月28日(土)

父と子のリング

プロボクサー湯場忠志は地元宮崎から世界を目指すが、その夢は叶わなかった。そしてその夢を息子海樹が受け継ぐ。父と子の挑戦が新たにここから始まる。

日本タイトル5階級王者元プロボクサー湯場忠志は地元宮崎のジムから世界を目指し19年間闘い続け、その夢の叶わぬまま引退した。その父の闘う姿を幼い頃から見続けた息子海樹は幼少時はボクシングをする気は無かったが、父の史上初日本タイトル4階級制覇の試合を観て、その歓声と拍手に感動し父の夢を引き継ぎボクシングの名門日章学園高校でボクシング部に入部。ほとんどの部員が中学校からボクシングを始める中、高校から始めた海樹はわずか1年余りで九州チャンピオンに。昼は学校で、夜は父が引退後宮崎で始めたジムで共に高校日本一に向け練習に力が入る。そして迎えた全国インターハイ。ところが3回戦で優勝候補とあたることに。急きょ応援に駆け付けた父のもとで試合に臨むが、判定で負けてしまう。多くを語らず帰る父からメールが届く。自分の果たせなかった宮崎から世界を目指すという夢は父から息子に託された。

出演者:湯場忠志 湯場海樹 戸高秀樹

制作局テレビ宮崎(UMK)

2016年5月1日(日)

ふたつのふるさと

学童疎開。太平洋戦争中、沖縄の子供たちは戦火を避けるために九州各地に避難しました。全部で5000人以上の子供たちが、慣れない生活を強いられました…

学童疎開。太平洋戦争中、沖縄の子供たちは戦火を避けるために九州各地に避難しました。全部で5000人以上の子供たちが、慣れない生活を強いられました。
あれから70年、疎開先と今でも交流を続けている女性がいます。沖縄県から宮崎県高千穂町に疎開した町田妙子さん。今も手紙などでのやりとりで交流が続いているという高千穂へ、この夏久しぶりに行ってみることにしました。
当時、山深い高千穂の人々は沖縄から来た疎開の子供たちとどう向き合っていたのか。70年たっても切れることのない、宮崎と沖縄を結ぶ深い絆の理由に迫ります。

出演者:町田妙子さん 佐藤和広さん 年見敏子さん 沖縄県西原町の皆さん 宮崎県高千穂町上岩戸地区の皆さん

制作局テレビ宮崎(UMK)

2016年3月13日(日)

鼓動~旭化成陸上部 日本一への挑戦~

数々の名ランナーを輩出し、長く日本長距離界を牽引してきた旭化成陸上部。日本一奪還を目指し、21年ぶりの駅伝日本一を目指した名門陸上部を追った

宮崎県延岡市に本拠地を置く旭化成陸上部。これまで数々のオリンピックランナーを輩出し、駅伝では日本一になること21回、3連覇を2度、6連覇を2度達成し、実業団最強を誇った名門陸上部だが、2000年以降全国で一度も優勝できていない▼2015年、チームに7人のルーキーが入部。入社1年目でそろって世界陸上に出場した双子の村山兄弟をはじめ、即戦力ルーキーたちの加入がチームを勢いづけ、九州予選では圧勝した▼2016年元日、優勝候補の一角と周囲に騒がれる中、17年ぶりの優勝へ向けて走り出したチームに待っていたのは…。王者復権へ鼓動し始めた名門陸上部を追った。

出演者:旭化成陸上部 【総監督】 宗猛 【監督】 西政幸 【トヨタ自動車九州陸上競技部監督】 森下広一

制作局テレビ宮崎(UMK)

2015年11月1日(日)

父と子のリング

プロボクサー湯場忠志は地元宮崎から世界を目指すが、その夢は叶わなかった。そしてその夢を息子海樹が受け継ぐ。父と子の挑戦が新たにここから始まる。

日本タイトル5階級王者元プロボクサー湯場忠志(38)は地元宮崎のジムから世界を目指し19年間闘い続け、その夢の叶わぬまま引退した。その父の闘う姿を幼い頃から見続けた息子海樹(17)は幼少時はボクシングをする気は無かったが、父の史上初日本タイトル4階級制覇の試合を観て、その歓声と拍手に感動し父の夢を引き継ぎボクシングの名門日章学園高校でボクシング部に入部。ほとんどの部員が中学校からボクシングを始める中、高校から始めた海樹はわずか1年余りで九州チャンピオンに。昼は学校で、夜は父が引退後宮崎で始めたジムで共に高校日本一に向け練習に力が入る。そして迎えた全国インターハイ。ところが3回戦で優勝候補とあたることに。急きょ応援に駆け付けた父のもとで試合に臨むが、判定で負けてしまう。多くを語らず帰る父からメールが届く。自分の果たせなかった宮崎から世界を目指すという夢は父から息子に託された。

出演者:湯場忠志 湯場海樹 戸高秀樹

制作局テレビ宮崎(UMK)

2015年10月11日(日)

ふたつのふるさと

学童疎開。太平洋戦争中、沖縄の子供たちは戦火を避けるために九州各地に避難しました。全部で5000人以上の子供たちが、慣れない生活を強いられました…

学童疎開。太平洋戦争中、沖縄の子供たちは戦火を避けるために九州各地に避難しました。全部で5000人以上の子供たちが、慣れない生活を強いられました。
あれから70年、疎開先と今でも交流を続けている女性がいます。沖縄県から宮崎県高千穂町に疎開した町田妙子さん。今も手紙などでのやりとりで交流が続いているという高千穂へ、この夏久しぶりに行ってみることにしました。
当時、山深い高千穂の人々は沖縄から来た疎開の子供たちとどう向き合っていたのか。70年たっても切れることのない、宮崎と沖縄を結ぶ深い絆の理由に迫ります。

出演者:町田妙子さん 佐藤和広さん 年見敏子さん 沖縄県西原町の皆さん 宮崎県高千穂町上岩戸地区の皆さん

制作局テレビ宮崎(UMK)

次回放送内容

OA:2018.04.24(火)

太宰治がかつて下宿し、執筆活動を行っていたアパート「碧雲荘」。碧雲荘はまかない付きの下宿所として、東京都内に昭和初期に建てられ太宰の作品にもたびたび登場した。 その碧雲荘が今年4月に湯布院の地に移築され、文化交流施設「ゆふいん文学の森」としてオープンした。木造2階建てで太宰が暮らした八畳間を再現している。カフェや読書スペースのほか、グッズ販売コーナーも設置。読書好きが集い、文学を通じた交流の場となっている。 碧雲荘をめぐっては、東京都杉並区が特別養護老人ホーム建設のために、敷地を購入し建物を撤去する予定だったが、地元住民らが保存を訴えていた。 存続が危ぶまれる中、湯布院で旅館を営んでいる『おやど二本の葦束』の女将・橋本律子さんが移築と出資を提案し再生が実現。移築は別府市の宮大工・神田真男さんが手掛けることとなった。 一度解体した建物をどのように使い、甦らせるのか。解体から材料の運搬、湯布院での再築までの過程を取材した。 昭和初期の建築で築80年以上と言われる碧雲荘を、キャリア70年のベテラン宮大工、神田さんが湯布院の地で再生させていく一年間の軌跡をたどるドキュメント。

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