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これまでの放送内容

2016年1月31日(日)

おっが島と娘と歌と

長崎県五島市。15歳で島を離れる娘に、公務員を退職してミュージシャンになった父が歌を贈ります。

長崎県五島市。風光明媚な島で夏は観光客で賑わいます。ですが、ここ50年で人口は半分以下に減少。30年後はさらに半減するとも言われています。そんな五島を音楽で盛り上げたいと思うミュージシャン・ベベンコビッチさん。べベンコとは五島弁で仔牛の意味です。44歳で国家公務員を退職、4年前に故郷・五島へ戻ってきました。現在も五島弁の方言シンガーとして活躍中で、東京をはじめ全国でライブを行い、歌を通して五島の魅力を発信。音楽の力で人口流出を遅らせたいと考えています。しかし、その思いとは裏腹に、娘・はいりちゃんが高校進学で五島を離れることになりました。五島では若者の約9割が高校卒業と同時に島を離れます。はいりちゃんには、その別れが3年間、早く訪れたのです。小さい頃から父の姿を見て育ってきた、はいりちゃん。将来の夢は「いつか大きなステージで歌うこと」。そこで父・ベベンコビッチさんは、はいりちゃんと一緒に東京でライブを行います。父と娘で今しか出来ないことをやろうと思ったのです。しかしベベンコビッチさんはレコーディングのため、先に東京入り。はいりちゃんは1人で東京まで行かなくてはなりません。初めての東京、九州を出るのも初めて。右も左もわからないまま、はいりちゃんは東京を目指します。そして故郷・五島から離れれば離れるほど、自分の中の五島の存在の大きさに気付いていきます。

制作局テレビ長崎(KTN)

次回放送内容

OA:2026.03.15(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

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