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これまでの放送内容 -テレビ熊本(TKU)-

2021年7月19日(月)

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実りの秋よ いつまでも

2016年の熊本地震で被災したコメ農家の嶋田一徳さん。余命宣告を受けながらも、残された時間で息子にコメ作りを伝える3年間の記録。

熊本地震直後の益城町。家々が倒壊し、道路は凸凹…そんな色を失ったかのような町でこいのぼりが気持ちよさそうに泳いでいた。持ち主は嶋田一徳さん。被災し不安を抱く孫たちを喜ばせたいと、全壊した納屋の前にこいのぼりを立てていたのだ。そんな優しいおじいちゃんはコメ農家、地震直後から家族総出で田植えの準備を開始した。例年通り田植えを行うも、自宅は半壊、必要な農機具も壊れ、嶋田さん自身も完璧な状態ではなかった。「あと3年生きたかね…。俺の時間じゃなくて、息子に農作業を教える時間が欲しい」「時間が足りない…」そう漏らす嶋田さん。実はガンを患い、長くて2年半と余命宣告を受けていたのだ。
余命を告げられた時、自分はどのように残された時間を過ごすだろうか?また、大切な人が余命宣告を受けたとき、支える家族はどんな思いで過ごすだろうか?どんな運命をも受け入れ、いまを生き抜き、文字通りコメ作りに「命を懸けた」嶋田さんの姿を、今回はあえてナレーションをつけず、制作者の考えを押し付けない手法で描いた。

制作局:テレビ熊本(TKU)

2021年5月24日(月)

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ブーゲンビルの兄へ

太平洋戦争「ブーゲンビル島の戦い」で兄を亡くした熊本市に住む男性が、兄の面影を追い続けながら過ごす日々を追ったドキュメンタリー。

熊本市東区に住む舩崎三義さんは、『太平洋戦争・ブーゲンビル島の戦い』で兄を亡くした。兄の戦歴をたどり、ブーゲンビル島の戦いがどんなものだったのか、兵士はどんな状態だったのかなど、自作の地図や資料を制作するなどして、戦争の様子を伝える活動をおこなっている。舩崎さんはこれまでに2回ブーゲンビルを訪れ、元兵士や現地住民の証言などから、兄が戦死したその場所に、兄の遺骨が現在も埋葬されたままになっていることを知る。政府や民間団体と協力し、遺骨の収集を試みるも、地権者との交渉がまとまらず…。戦後75年余り…、そして兄が亡くなってから75年。兄にふるさとの空をもう一度見せてあげたいと願う舩崎さんの思いは届くのか。

出演者:舩崎 三義

制作局:テレビ熊本(TKU)

2021年5月10日(月)

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先生になりたい

肢体不自由・視覚障害・聴覚障害のある橋本紗貴さんの夢は『学校の先生』。様々な壁にぶつかりながらも夢への挑戦を続ける彼女の姿を追った。

南関町に住む橋本紗貴さん。運動が大好きだった彼女は、中学2年の体育祭で突然倒れギランバレー症候群という神経の難病を発症し人生が一変する。目を覚ますと体が動かず、目も見えず、耳も聞こえない。いくつもの重い障害が重なる『重度重複障害者』となった。しかし当時の担任が寄り添ってくれたことで紗貴さんは学校の教員を志すことに。だが進学した高校では逆に先生から心無い言葉をかけらる毎日に心を痛めてしまう。『障害者も健常者も共に学べる社会に』。教員という夢を改めて強く意識していった彼女は、進学した大学では、複数のパソコンや聴覚補助器具などを机に並べ、機器を操作しながら健常者と同じ環境を自ら作り授業を受けていた。彼女の信念は「工夫し努力すれば出来ないことはない」。その言葉通り、熊本県では重度重複障害者の採用例はないものの、教員採用試験に挑戦。これまでの制度が壁となり一度は失敗するも、紗貴さんの諦めない気持ちと行動が徐々にその壁を取り払っていく。私たちは彼女が大学3年だった2017年から取材を開始。彼女が様々な困難に立ち向かい、一つずつ壁を乗り越え、夢へと挑みつづける姿を描く。

出演者:橋本紗貴さん

制作局:テレビ熊本(TKU)

2021年4月5日(月)

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最後は笑ったもん勝ち

突然の病で手足を失った横田久世さん。受け入れがたい現実を突きつけられ家族との間にも葛藤が…。以前の自分を取り戻すため奮闘する一人の女性の姿を追った。

2017年12月高熱と激しい脚の痛みに襲われた女性がいる。横田久世さん。夫と娘2人で暮らすごく普通の主婦だった。そんな久世さんを突然襲った病は、四肢末梢に壊死をきたす感染症「電撃性紫斑病」だった。両足と両指を切断。命を救うための苦渋の選択だった。「どうやって生きていけばいいのか。なぜ生かしたのか。」受け入れがたい現実を突きつけられ、家族との間にも葛藤が…。以前の自分を取り戻すため奮闘する久世さんの姿を追った。

出演者:横田久世

制作局:テレビ熊本(TKU)

2021年1月26日(火)

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命の残像~東京・宮崎静夫展から~

2015年に亡くなった熊本の洋画家宮崎静夫さんの遺作の展示会が、戦後75年の2020年12月から平和祈念展示資料館(東京)で開かれた。

東京にある平和祈念展示資料館には、先の大戦に赴いた兵士や戦後の抑留、そして引き揚げに関する戦時資料が一般公開されていますが、新たに亡き画家の作品が資料として加えられる事となりました。画家の名前は、2015年に亡くなった熊本の洋画家・宮崎静夫さん。作品は労作「死者のために」シリーズです。反戦等をテーマに繊細なタッチで描かれた心象風景が資料館の学芸員の目に留まったもので、収蔵された35点は自身の戦争体験に基づいて描かれ、戦争の不条理や鎮魂の祈りが込められています。モチーフとなったのは、15歳で渡った当時の満州と戦後抑留されたシベリアで目にした多くの仲間の死でした。生前宮崎さんは国民から戦争の記憶が薄れる事に危機感を抱いていました。戦後75年、番組では遺された「死者のために」シリーズが私たちに何を問いかけているのか考えます。

出演者:田中晴久(平和祈念展示資料館学芸員) 加藤つむぎ(平和祈念展示資料館学芸マネージャー)

制作局:テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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