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これまでの放送内容 -2024年-

2024年8月4日(日)

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希望をつむぐ~川原征一郎 喜びも悲しみも~

希望をつむぐ~川原征一郎 喜びも悲しみも~

 コロナ禍で4年ぶりに開催された熊本県原爆死没者慰霊式典。「広島・長崎を最後にせんと行かん」と壇上でそう訴えたのは天草市に住む川原征一郎さん82歳です。自身も長崎原爆の被爆者です。3歳の時の被爆が自身の生き方や価値観に影響を及ぼしたのかも知れません。川原さんは命という言葉に敏感です。その想いを趣味の折り紙(動物)で表現し、地域の人々に命の尊さや平和の大切さを伝えています。折り紙のレパートリーは今や2000を超え、市民講座や小学校などにも講師として招かれ“折り紙先生”とも呼ばれています。折り紙を本格的に始めたのは、勤めていた水族館時代でした。見学に訪れた子ども達に折り紙を使って海の生き物(イルカ)の話をしたところ興味を持ってもらったのがきっかけでした。川原さんは海の生き物から気付かされたものが多く、特にイルカとは触れ合う日常の中で命との向き合い方を学びました。数奇な被爆体験がそうさせたのかも知れません。川原さんは還暦を過ぎた或る時、不思議な夢を見ます。写真の中でしか知らない父親が夢枕に現れたというのです。命の繋がりを実感した不思議な体験だったと述懐します。番組は、被爆した3歳のあの日から82歳になった今も歩み続ける川原さんの命の軌跡と希望の日々を描きます。

出演者:川原征一郎 徳山節子(川原さんの姉)

制作局:テレビ熊本(TKU)

2024年7月28日(日)

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ハーリーを興せ!

沖縄の伝統文化・那覇ハーリー。親子5代に渡って継承し情熱を捧げる男の姿を追いかけます。

沖縄の伝統文化・那覇ハーリー。那覇市内の地域、那覇・久米・泊がレースを繰り広げる本バーリーが最大の見どころです。そんな那覇ハーリーを泊チームで親子5代に渡って継承し続けているのが仲本家。その4代目仲本興平さんは泊チームの指導者であり、那覇ハーリー運営の中心人物です。興平さんのハーリーにかける想い、伝統文化継承の難しさ、そして、仲本家にとってのハーリーとは何なのか・・。ハーリーに情熱を捧げる男の姿を追いかけます。

制作局:沖縄テレビ放送(OTV)

2024年7月20日(土)

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海の墓標

長崎県の五島列島沖合に眠る旧日本海軍の潜水艦24艦。太平洋戦争終結直後、アメリカ軍によって海没処分された。海に眠る戦争遺構が私たちに伝えようとしているものとは。

長崎県五島市福江島から東南東およそ35キロの海底に「潜水艦の墓場」と呼ばれる場所がある。太平洋戦争終結の翌年、アメリカ軍が世襲した旧日本海軍の潜水艦は佐世保に集められ、五島列島沖合でアメリカ軍によって沈められた。旧日本海軍の潜水艦24艦は、今もその海底に眠っている。この海域を大学教授らが無人潜水機などを使い調査。様々な資料と照合し、全24艦の名前を特定した。その中には広島原爆の運命を変えたかもしれない潜水艦が存在した。それら潜水艦の多くは実戦でも使われた特攻兵器、人間魚雷「回天」を搭載していた。そしてもうひとつ実戦で使われた特攻兵器が存在する。旧日本海軍の水上特攻艇「震洋」。かつて「震洋」の訓練所が長崎県東彼杵郡川棚町にあった。極秘の特攻作戦だったため、資料はほとんど残されていなかった。しかし2021年、新たな写真が発見された。旧日本海軍の潜水艦、そして水上特攻艇「震洋」。それぞれの関係者は今、何を思うのか。戦争遺構が私たちに伝えようとしているものとは。

制作局:テレビ長崎(KTN)

2024年7月14日(日)

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アンナ先生の居場所

ダウン症の人達のためのエンタテインメントスクール「ラブジャンクス」を設立した牧野アンナさん。父との確執から居場所を見失っていた彼女を救ったのは多くの出会いだった

ダウン症の人達のためのエンタテインメントスクール「ラブジャンクス」その代表を務めるのは振付師の牧野アンナさん。2002年から活動を始めたラブジャンクスは今や全国に拠点を4か所持ち、約800人の生徒が在籍しています。ラブジャンクスの活動を20年以上続ける一方で、アンナさんには心残りなことがありました。地元の沖縄でチーフインストラクターを務めていた沖縄アクターズスクールのことです。校長であり父の正幸さんと意見が対立し、沖縄を離れた過去を持つアンナさん。父が体調を崩したことで沖縄アクターズスクールの存在の大きさを改めて感じたアンナさんは大イベントを計画したのでした。

出演者:【出演】 牧野アンナ(ラブジャンクス代表) 【ナレーター】 植草凜(沖縄テレビアナウンサー)

制作局:沖縄テレビ放送(OTV)

2024年7月7日(日)

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白球をつなぐ~母校をふたたび甲子園へ~

憧れの聖地で、再び歓喜の瞬間を。2007年以来の甲子園出場を目指して、この春、名門野球部を離れ、母校へ監督として戻ってきたある指導者とナインの挑戦を追った。

2007年、夏の甲子園で初出場ながら全国ベスト8まで駆け上がり旋風を巻き起こした大分県の私立・楊志館高校。いまでは球界きっての名捕手へと成長を遂げた甲斐拓也選手の母校でもある。しかし、一度きりの甲子園を最後に聖地からは遠ざかっている楊志館。そうした中、「あのときの感動を再び」と高校側の強い思いを受け、新たに指揮を託された指導者がいた。それはかつて楊志館で白球を追いかけていたOBの赤峰淳さん。40歳の節目の年に名門の野球部を離れ、ゼロからの挑戦を選んだ赤峰さん。「もう一度、憧れの聖地へ」母校へ監督として戻ってきた赤峰さんと選手たちの新たな歴史をつなぐ物語が、ここから始まった。

出演者:ナレーター:柴田真里(TОSアナウンサー)

制作局:テレビ大分(TOS)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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