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これまでの放送内容 -鹿児島テレビ放送(KTS)-

2010年4月11日(日)

終わらない日々 ~薬物依存女性の挑戦~

鹿児島市の雑居ビルに、去年3月、ある施設が開所した。薬物依存症のリハビリ施設、「鹿児島ダルク」だ。ダルクは全国に40カ所以上あるが、スタッフは全員、薬物使用経験者。鹿児島ダルクの代表を務めるのは、戸山実香さん(27)。

戸山さんは、小学生のときに睡眠薬を乱用し、その後、大麻やシンナーに手を出し、高校生のときに覚せい剤を使い始めた。最初は、気持ち良かったが、覚せい剤をやめたくてもやめられないようになり、やがて食事もとれず、水も飲めない状態なってしまった。ただ水を吸うことしかできなくなった戸山さんは、17歳のとき、宮崎ダルクに入り、薬物をやめ続けている。宮崎ダルクでスタッフになり、社会に恩返しをと考えた戸山さんは、鹿児島にもダルクの必要性を感じ、去年3月に鹿児島ダルクの開所にこぎつけた。一度でも使ったら、再び使いたくなってしまうという薬物。薬物依存症になると、薬物を一生、使わない状態を続けることでしか完治できない。戸山さんも、現在、およそ10年間、薬物を使っていないが、今でも薬物を使いたくなったり、使っているような感覚に襲われたりすることがあるという。
番組では、戸山さん自身が薬物依存症と闘いながら、薬物依存者のために活動する姿を追う。

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2010年2月28日(日)

終わらない日々 ~薬物依存女性の挑戦~

鹿児島市の雑居ビルに、去年3月、ある施設が開所した。薬物依存症のリハビリ施設、「鹿児島ダルク」だ。ダルクは全国に40カ所以上あるが、スタッフは全員、薬物使用経験者。鹿児島ダルクの代表を務めるのは、戸山実香さん(27)。

戸山さんは、小学生のときに睡眠薬を乱用し、その後、大麻やシンナーに手を出し、高校生のときに覚せい剤を使い始めた。最初は、気持ち良かったが、覚せい剤をやめたくてもやめられないようになり、やがて食事もとれず、水も飲めない状態なってしまった。ただ水を吸うことしかできなくなった戸山さんは、17歳のとき、宮崎ダルクに入り、薬物をやめ続けている。宮崎ダルクでスタッフになり、社会に恩返しをと考えた戸山さんは、鹿児島にもダルクの必要性を感じ、去年3月に鹿児島ダルクの開所にこぎつけた。一度でも使ったら、再び使いたくなってしまうという薬物。薬物依存症になると、薬物を一生、使わない状態を続けることでしか完治できない。戸山さんも、現在、およそ10年間、薬物を使っていないが、今でも薬物を使いたくなったり、使っているような感覚に襲われたりすることがあるという。
番組では、戸山さん自身が薬物依存症と闘いながら、薬物依存者のために活動する姿を追う。

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2009年9月20日(日)

世紀の天体ショー 皆既日食 ~世界自然遺産の島・屋久島の選択~

国内では46年振りという皆既日食に日本中の目が集まった。

今回の皆既日食の観測に最も条件が良いのが鹿児島県の奄美大島北部から屋久島にかけての島々である。しかし、離島ゆえの交通アクセスの問題など、島々の自治体にとっては解決しなければならない問題が浮上してきた。

世界自然遺産登録の島・屋久島は、全島が皆既帯に入り、屋久杉の森などの環境資源を背景に多くの観光客の来島が予想された。皆既帯に入る自治体は連絡協議会を設け見学者受け入れに制限を設けることにした。屋久島が出した数字は4500人。これ以上の観光客が来島した場合、「断水」や「し尿処理の対応」ができないという。

住民の生活を守り、島の自然と共生していくための決断だった。屋久島は世界自然遺産登録後、年々増加する観光客が島の自然に影響を与えているという事実に対処するため、山岳部への車両乗り入れ禁止などの措置を今年から試験的に導入した。番組では、屋久島在住の山岳ガイド寺田賢志さん(56歳)を通して、豊かな自然を守りながら永続的な観光を目指す屋久島の試みを追う。

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2009年8月9日(日)

世紀の天体ショー 皆既日食 ~世界自然遺産の島・屋久島の選択~

国内では46年振りという皆既日食に日本中の目が集まった。

今回の皆既日食の観測に最も条件が良いのが鹿児島県の奄美大島北部から屋久島にかけての島々である。しかし、離島ゆえの交通アクセスの問題など、島々の自治体にとっては解決しなければならない問題が浮上してきた。

世界自然遺産登録の島・屋久島は、全島が皆既帯に入り、屋久杉の森などの環境資源を背景に多くの観光客の来島が予想された。皆既帯に入る自治体は連絡協議会を設け見学者受け入れに制限を設けることにした。屋久島が出した数字は4500人。これ以上の観光客が来島した場合、「断水」や「し尿処理の対応」ができないという。

住民の生活を守り、島の自然と共生していくための決断だった。屋久島は世界自然遺産登録後、年々増加する観光客が島の自然に影響を与えているという事実に対処するため、山岳部への車両乗り入れ禁止などの措置を今年から試験的に導入した。番組では、屋久島在住の山岳ガイド寺田賢志さん(56歳)を通して、豊かな自然を守りながら永続的な観光を目指す屋久島の試みを追う。

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2009年8月2日(日)

紅茶に挑む ~3代目の決断~

鹿児島県大隅半島の南部、錦江町。周囲を照葉樹林に囲まれた田代花瀬地区は、お茶の産地として知られている。この地でお茶を作る3代目・川前康博さん(44)は、去年初めて紅茶を作り、今年は本格的に一番茶から紅茶を作ることを決めた。

川前さんのお茶畑には、おじいさんが大正14年に種子島から持ち帰った種から育った84年目の茶木がある。色々な品種が混ざったこの茶木は、かつてお荷物となっていたが、川前さんはこの茶木の価値を見つめ直し、最もその味と香りを引き出す方法として、紅茶作りを選んだのだ。

鹿児島県は全国2位の茶生産地となり、増産に励んできた。しかし、最も大事なリーフ茶の消費量は減り続けており、去年、今年と一番茶の取引価格は暴落し、茶農家の経営は厳しい状況となっている。

川前さんは、量を追求する方針に疑問を感じてきた。そして10年悩み続けた結果、消費者と直接向き合うお茶農家になることを決意し、今年、84年の茶木の一番茶を、消費者を招いて茶摘みを体験してもらい、そのお茶で紅茶を作ったのだ。

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

次回放送内容

OA:2026.08.16(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

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