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これまでの放送内容

2018年4月17日(火)

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ボンドアートの世界

黒色のボンドを使った独自の技法の画家・冨永ボンドが佐賀から世界をめざす!単身乗りこんだフランスでの評価は…?黒いボンドで縁どられた「ボンドアート」の世界に迫る!

佐賀県多久市在住の画家・冨永ボンドさん34歳は、2017年2月に宮崎市で初めての個展を開く。「生の絵を見た瞬間、これだと思った」と話す主催者は「是非、宮崎の人に見せたいと、瞬間的に思った」とその出会いを振り返る。彼の画は、色と色の間を黒い木工用ボンドで縁どるようにつなぐ。その作品群を彼は「ボンドアート」と呼んでいる。アトリエのある佐賀県多久市を拠点に各地で頻繁にワークショップを開き、地域の人たちに「ボンドアート」の描き方を教えている。「地域に根差しながら、世界をめざす」のが、冨永さん流の生き方だ。初めての個展から遡ること半年、冨永さんの姿はフランス・パリにあった。「芸術の都パリで認められたい」との野望を持つ若い芸術家達の作品展に参加するためだ。得意のライブペインティングが目に留まり、運よくギャラリー経営者に声をかけられ、1年後にパリで個展を開く約束を取りつけた。帰国後「アートセラピーという分野を開拓したい」と、障害者向けのワークショップなどを精力的にこなしながら、創作に励む。それから1年後、再びパリに渡った冨永さん…。セーヌ川やルーブル美術館などでライブペインティングをしながら、個展の開幕日を待つ。果たして彼の「ボンドアート」は、フランス人に受け入れられたのか?その作風、メッセージは、どう理解されたのか?独自の技法で、佐賀から世界に羽ばたこうとする若き画家の1年を追った。

出演者:冨永ボンド 【ナレーション】 田邉有沙

制作局サガテレビ(STS)

2018年4月10日(火)

生きつづける 後編

末期がんと闘いながら、残された時間を前向きに生きようとする押し花作家と、彼女を全力で支える緩和ケア病棟スタッフの献身…。生きつづけることの意味を考える命の物語。

當間光江さんは、沖縄を代表する押し花作家。
2017年2月、糸満市にある友愛会・南部病院の緩和ケア病棟に入りました。彼女は乳がんの影響で脊髄が麻痺しており、6月初旬には呼吸困難の感覚にさいなまれていました。本人の希望で、眠るための強い薬を投与し意識レベルを下げる「鎮静」と言われる医療処置(緩和ケア医療のガイドラインにそった処置)が取られました。昏睡状態になってその後、もう目覚めないのでは…と予想されたのですが、光江さんは翌朝から驚くほどの回復を見せます。そしてカメラに向かって、大切なメッセージを語り始めたのです。
『ここは死ぬ場所じゃない。生きつづける場所』。
化学療法をあきらめ、「もう終わり」と思って移った緩和ケア病棟で、光江さんは新たな希望を与えられました。最後の時まで生きつづけるという前向きな意識が、これほど素晴らしく尊いものであるかをあらためて知らされます。
緩和ケア病棟で患者や家族、医療スタッフらが共に歩む姿を見つめ、生きつづけることの意味を考える、命の物語です。

出演者:【ナレーション】 平良いずみ(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2018年4月3日(火)

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生きつづける 前編

末期がんと闘いながら、残された時間を前向きに生きようとする押し花作家と、彼女を全力で支える緩和ケア病棟スタッフの献身…。生きつづけることの意味を考える命の物語。

當間光江さんは、沖縄を代表する押し花作家。2017年2月、糸満市にある友愛会・南部病院の緩和ケア病棟に入りました。乳がんと診断された時には、すでにステージ4…。骨や肺などにも転移しており、抗がん剤などの化学療法はあきらめざるを得ない状態でした。緩和ケア病棟は、治療を目的とするのではなく、苦痛をできる限り緩和しながら残された人生の時間を豊かに生きるための場所。光江さんは医療ケアを受け、押し花の作品をつくることを大切にして、残された時を過ごすことができています。いわゆる「人生最後の時間」。ひとりで歩むにはとても過酷な道のりですが、共に歩む支援者がいることで、夢をあきらめず希望を育んでいくことは可能なのです。死を意識せざるを得ない厳しい道のりだからこそ、命の尊さをより濃密に感じる…。光江さんは、息苦しさと闘いながら、カメラにこう語りました。
『ここは死ぬ場所じゃない。生きつづける場所』。
がんなどの患者の夢や希望を全力で支援する緩和ケア医療の現場を見つめます。

出演者:【ナレーション】 平良いずみ(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2018年3月27日(火)

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神輿のバトン

サッカー延長の為5分繰下げお送りします 本土最南端の地・鹿児島県南大隅町佐多岬に鎮座している御崎神社。毎年2月に行われる『御崎祭り』の伝統をつなぐために奮闘す

 本土最南端の地・佐多岬がある鹿児島県南大隅町。美しい自然がある風光明媚な場所である一方、少子高齢化が著しく進んでいる。高齢化率は46パーセントと高齢化が進む鹿児島県内の市町村の中でも1位の数字だ。  佐多岬に鎮座している御崎神社は1300年前に建立されたといわれている。御崎神社の神様がおよそ20キロ離れた近津宮神社の神様に新年の挨拶に行くという祭りが、『御崎祭り』である。毎年2月に行われ、春を告げる祭りと伝えられている。御崎神社の神様は七浦と呼ばれる海沿いの7つの集落を神輿に乗って練り歩く。ゴールの近津宮神社までのあいだ、各集落ではユニークなおもてなしで神様を迎える。祭りの担い手の高齢化が進むなか、大役を任されたのは集落の青年団、唯一の20代である若者。ほとんどの同級生が都会に出ていくなか、「ふるさとに残りたい」という彼。1300年続く伝統をつなぐために奮闘する姿を追う。

出演者:【ナレーター】 田中ゆかり(KTS)

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2018年3月20日(火)

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旅立ち 島の美よう室

9年前、渡名喜島を訪れた一人の男が、島に美容室をつくり、毎月10日間だけ島に来て島民の髪を切るようになった…。おとぎ話のような、ある美容師と島人の交流を描く。

沖縄本島から北西に60キロ。人口400人足らずの小さな島、渡名喜島。9年前、一人の男が島を訪れた。男は美容師だった…。渡名喜島に髪を切る場所が無い事を知った彼は、島に美容室をつくり、毎月10日間だけ島に来て島民の髪を切るようになった。毎月パーマをかけるのを楽しみにしているおばあちゃん。まっ黒に日焼けした漁師のおじい。高校に進学するために島を離れていく中学生…。美容室には様々な島人たちがやってきて、髪を切ってもらう代わりに、何かを置いていく…。まるでおとぎ話のような、でも、ホントはごく当たり前の物語。しかし、9年間続いた「島の美よう室」に、最後の時がやってきた…。茨城県から、はるばる渡名喜島に通ってくる美容師の姿を通し、沖縄の縮図にも見える離島の暮らしを描く。

出演者:【ナレーション】 阿佐慶涼子(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

次回放送内容

OA:2018.04.24(火)

太宰治がかつて下宿し、執筆活動を行っていたアパート「碧雲荘」。碧雲荘はまかない付きの下宿所として、東京都内に昭和初期に建てられ太宰の作品にもたびたび登場した。 その碧雲荘が今年4月に湯布院の地に移築され、文化交流施設「ゆふいん文学の森」としてオープンした。木造2階建てで太宰が暮らした八畳間を再現している。カフェや読書スペースのほか、グッズ販売コーナーも設置。読書好きが集い、文学を通じた交流の場となっている。 碧雲荘をめぐっては、東京都杉並区が特別養護老人ホーム建設のために、敷地を購入し建物を撤去する予定だったが、地元住民らが保存を訴えていた。 存続が危ぶまれる中、湯布院で旅館を営んでいる『おやど二本の葦束』の女将・橋本律子さんが移築と出資を提案し再生が実現。移築は別府市の宮大工・神田真男さんが手掛けることとなった。 一度解体した建物をどのように使い、甦らせるのか。解体から材料の運搬、湯布院での再築までの過程を取材した。 昭和初期の建築で築80年以上と言われる碧雲荘を、キャリア70年のベテラン宮大工、神田さんが湯布院の地で再生させていく一年間の軌跡をたどるドキュメント。

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