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これまでの放送内容 -テレビ長崎(KTN)-

2021年1月5日(火)

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長崎県島原市在住のサカタマサキさん。長崎の人気タウン情報誌でも写真を手がけているカメラマンです…

長崎県島原市在住のサカタマサキさん。長崎の人気タウン情報誌でも写真を手がけているカメラマンです。人物を被写体とするポートレートが好きで、表情や仕草・背景も含めて1枚の写真でその人らしさを表現したいと思っています。サカタさんはもっと多くの人に「自分らしい1枚」を撮って欲しいとの思いで、2017年から「gift」という活動を始めました。きっかけは大好きだった祖父母の死。カメラマンという職業でありながら2人らしい表情の遺影を残すことができなかったのです。たった1枚の写真が心の拠り所になって欲しい。そう願いながらシャッターを切り続けるサカタさんの日々を描きます。

制作局テレビ長崎(KTN)

2020年9月8日(火)

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ハイホー♪ハイホー♪~仲良し夫婦の虹色農園~

長崎県東彼杵郡東彼杵町にある「ハイホー♪ファーム」。農園の主・山口さん夫妻はここで60種類以上の野菜を自然栽培で育てている。笑顔が絶えない二人の生活を追った。

「ハイホー♪ハイホー♪野菜が好き♪」長崎県東彼杵郡東彼杵町にあるハイホー♪ファームからは楽しそうな歌声が響く。
農園の主・山口さん夫妻は2013年に東彼杵町に移住して野菜作りを始めた。紫色のキャベツに真っ黒な大根、真っ赤なレタスに白いキュウリ。二人が作る野菜は普段の生活の中ではあまり見かけない珍しい野菜ばかり。60種類以上を無肥料・無農薬の自然栽培で育てている。
「いろんな野菜を知ってみたい」という思いで家庭菜園として始めた野菜作りだったが、次第にレストランやホテルからも注目され、近年は収穫と発送で忙しい日々を送っている。
しかし、天候や気温の影響を受けやすい自然栽培は失敗の連続。苦くて食べられない野菜を作ってしまったり、塩害で畑中の野菜が枯れてしまったり。
それでも前向きで笑顔が絶えない二人の野菜作りの日々を追った。

出演者:山口雅史さん 山口純子さん

制作局テレビ長崎(KTN)

2020年6月23日(火)

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島を駆ける~8人のサッカー部~

宇久高校サッカー部の8人は、長崎県・宇久島に生まれ育った幼なじみ。3人足りないながらも島に暮らす人の支えを糧に勝利を目指す。8人だけの“汗と涙の戦い”を追った。

部員がたったの8人しかいない「宇久高校サッカー部」の1年を追ったドキュメンタリー。

「父に初めて勝つところを見せたい」
「11人いなくてもできることを見せたい」
「プレーで島の人たちに感謝の気持ちを伝えたい」など、
8人だけで試合に挑む選手たちの思いに迫る。

制作局テレビ長崎(KTN)

2020年2月18日(火)

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長崎県島原市在住のサカタマサキさん。長崎の人気タウン情報誌でも写真を手がけているカメラマンです…

長崎県島原市在住のサカタマサキさん。長崎の人気タウン情報誌でも写真を手がけているカメラマンです。人物を被写体とするポートレートが好きで、表情や仕草・背景も含めて1枚の写真でその人らしさを表現したいと思っています。サカタさんはもっと多くの人に「自分らしい1枚」を撮って欲しいとの思いで、2017年から「gift」という活動を始めました。きっかけは大好きだった祖父母の死。カメラマンという職業でありながら2人らしい表情の遺影を残すことができなかったのです。たった1枚の写真が心の拠り所になって欲しい。そう願いながらシャッターを切り続けるサカタさんの日々を描きます。

制作局テレビ長崎(KTN)

2020年1月28日(火)

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一生鍛冶屋

島原市で江戸時代から9代続く鍛冶屋・吉光。包丁や鍬などなんでもつくる。9代目となる若き鍛冶職人と、それを支える平均年齢85歳の鍛冶屋兄弟たちの職人としての生き方

島原市で江戸時代から9代続く鍛冶屋・吉光。切れ味抜群の包丁に、鍬や鋤など農具もなんでもつくる。9代目を継ぐのは吉田将仁さん。師匠である平均年齢85歳の鍛冶屋3兄弟の技術を継承しながら、職人の道を究めようと日々腕を磨いている。後継者不足、機械化による大量生産など鍛冶職人が減っているのが現状。手作りの良さを追求し、伝統を守る姿を描く。

制作局テレビ長崎(KTN)

次回放送内容

OA:2025.04.27(日)

2011年3月11日東日本大震災。福島第一原子力発電所がある福島県は、放射線災害の被害も重なり広範囲の避難となりました。その福島にすぐに支援に入ったのが、長長崎大学の教授で、医師の高村昇さんです。高村さんは、被ばく医療の専門チームの中心人物で、被爆地・長崎だからこそ培ってきた技術や知識をもって、現地の支援にあたっています。「被爆地・長崎、そしてチョルノービリで学んだ知識を福島の人たちのために生かす―。」 13年に渡り被災住民に寄り添ってきた長崎の医師を取材しました。

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