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これまでの放送内容 -テレビ熊本(TKU)-

2014年3月23日(日)

祈りのモチーフ~画家 宮崎静夫~

今でも絵を描き続ける戦争体験者の画家・宮崎静夫さん。戦争の不条理さを問い続ける彼の揮う作品への執念に迫る。

熊本市の自宅にアトリエを構える画家の宮崎静夫(86)さんは、今日もキャンバスに向かい絵を描き続ける。ライフワークとなっているのが“死者のために”シリーズで、作品を通して戦争の不条理さを問い続けることだ。宮崎さんが戦争と云う時代の奔流に呑み込まれていったのは、1942年阿蘇の山村から満蒙開拓青少年義勇軍として大陸(満州)に渡った15歳のとき。その後、日本の敗戦とともに、戦後は捕虜となり極寒のシベリアで収容所暮らしを送る事になった。旧満州とシベリアで目に写ったものは病気や飢えで息絶えた仲間たちの十代の死。戦争を知らない世代が増え、平和の尊さが薄れてきている現代、戦争体験者の記憶は平和な未来へ引き継がれる日本人の財産かもしれません。番組では、宮崎さんの鎮魂の想いに触れ、時代に殉じていった青春群像に心を寄せながら、筆を揮う作品への執念に迫る。

出演者:宮崎静夫さん 満蒙開拓青少年義勇軍出身者 【ナレーター】 尾谷いずみ(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2013年10月27日(日)

めげんばい!!~九州北部豪雨から1年・揺れる鉄工所~

九州北部豪雨で壊滅的被害を受けた鉄工所。家族のために再建を目指す父の奮闘記

2012年7月、梅雨時期の1か月分の雨が1日で降ったと言われる大雨が降った。「九州北部豪雨」と名づけられた大雨は、熊本に大きな爪あとを残した。この大雨による水害で壊滅的な被害を受けた鉄工所。鉄工所の場所は、水害後の改修で堤防になることになった。年齢的に引退したいが、子供がまだ小さいため、移転しての鉄工所再建を決意する中西章夫さん。建築条件や、予算の都合でなかなか移転先が見つからない中西さん。これは家族のために鉄工所の再建を願う“めげない父”の物語です。

出演者:中西章夫さん(中西鉄工所) 熊本竜太(TKUアナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2013年9月29日(日)

時代おくれの傑作~巨大イワシ籠に挑む~

熊本県水俣市の高橋博道さんは、伝統の「イワシ籠」を作るこの道40年の職人…

熊本県水俣市の高橋博道さんは、伝統の「イワシ籠」を作るこの道40年の職人。「イワシ籠」はカタクチイワシ(カツオ漁の餌)を漁場から、生きたまま生け簀へ運ぶ道具である。高橋さんには、今季10基の注文があった。縦4メートル・横3メートル・高さ3メートルにも及ぶ巨大な竹籠作りに挑むも、作業は1人。「実用品だけに半端なモノは出せない」、これが高橋さんの信条だ。目を懲らし、へぎ(板状にそいだ竹)の編み目に隙間があればその場で補正する。手荒いようで、細心の注意が払われる。1基当たりの作業は最短で1週間、天気次第では10日以上も…。「イワシ籠」には従来の竹製のほか、最近耐久性のあるプラスチック製が登場。天草のあるイワシ漁師は、心が揺れる。番組では、最後の職人とされる高橋さんの傑出した技とイワシ漁師の思いを描きながら、廃れようとしている「イワシ籠」作りの将来を考える。

出演者:イワシ籠職人 高橋博道さん 【ナレーション】 熊本竜太(テレビ熊本アナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

2013年6月9日(日)

協同農園の理想と現実~土といのちとくらし~

農業の担い手不足対策が急務な中、熊本独自のJA農業インターン事業で2012年3月まで指導員として「新規就農事業」に携わっていた内田敬介さん

農業の担い手不足対策が急務な中、熊本独自のJA農業インターン事業で20123月まで指導員として「新規就農事業」に携わっていた内田敬介さん。4月からは中山間地の地元美里町で自ら農業を始めました。そんな内田さんが、様々な新規就農者を指導するなか行きついたのは2011年10月に設立した『協同農園』でした。しかし待っていたのは、農業を実践する難しさ、目指した「協同」の壁。『土といのちとくらしを協同で守る』取り組みを追います。

出演者:美里ゆうき協同農園 内田敬介さん(64) ほか協同農園の皆さん 【ナレーション】 熊本竜太(TKU)

制作局テレビ熊本(TKU)

2013年4月21日(日)

時代おくれの傑作~巨大イワシ籠に挑む~

熊本県水俣市の高橋博道さん(49)は、伝統の「イワシ籠」を作るこの道40年の職人…

熊本県水俣市の高橋博道さん(49)は、伝統の「イワシ籠」を作るこの道40年の職人。「イワシ籠」はカタクチイワシ(カツオ漁の餌)を漁場から、生きたまま生け簀へ運ぶ道具である。高橋さんには、今季10基の注文があった。縦4メートル・横3メートル・高さ3メートルにも及ぶ巨大な竹籠作りに挑むも、作業は1人。「実用品だけに半端なモノは出せない」、これが高橋さんの信条だ。目を懲らし、へぎ(板状にそいだ竹)の編み目に隙間があればその場で補正する。手荒いようで、細心の注意が払われる。1基当たりの作業は最短で1週間、天気次第では10日以上も…。「イワシ籠」には従来の竹製のほか、最近耐久性のあるプラスチック製が登場。天草のあるイワシ漁師は、心が揺れる。番組では、最後の職人とされる高橋さんの傑出した技とイワシ漁師の思いを描きながら、廃れようとしている「イワシ籠」作りの将来を考える。

出演者:イワシ籠職人 高橋博道さん 【ナレーション】 熊本竜太(テレビ熊本アナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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